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不戦勝 (相撲) : ミニ英和和英辞書
不戦勝 (相撲)[ふせんしょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ふ]
  1. (n-pref) un- 2. non- 3. negative prefix
不戦 : [ふせん]
 【名詞】 1. (1) anti-war 2. war renunciation 3. (2) sumo bout cancelled due to absence of one of the wrestlers 
不戦勝 : [ふせんしょう]
 【名詞】 1. win without playing 2. unearned win
: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦勝 : [せんしょう]
  1. (n,vs) victory 2. triumph 
: [そう]
 【名詞】 1. aspect 2. phase 3. countenance
相撲 : [すもう]
 【名詞】 1. sumo wrestling 

不戦勝 (相撲) : ウィキペディア日本語版
不戦勝 (相撲)[ふせんしょう]

不戦勝(ふせんしょう)は、大相撲において、対戦相手が休場や引退などで取組不能状態になったときに与えられる勝星をいう。不戦勝ちともいう。対戦相手は不戦敗になる。星取表では白い四角(□、不戦敗は■)で表示されることが一般的であるが、一部新聞などでは白い三角(△、不戦敗は▲)を用いる。また、不戦勝は力士の出場回数に含まれるが、不戦敗は出場回数に含まれないため、不戦敗のある力士の勝敗数の合計は、通算出場回数に一致しない。
== 解説 ==
大正時代までは、対戦相手が決まってからの突然の休場は、出場する力士も同じく休場という扱いになっていた。しかし、優勝制度が定着していくなかで、自分に非がないのに休場にされて損をすることはあまりにもおかしいという意見が出てきた。
そこで、1926年(大正15年)、大坂相撲との東西合同を前にした、力量審査のための合併相撲の際に試験的に適用された。本場所での採用は昭和時代になってからで、1927年(昭和2年)5月場所から実施された。
途中棄権による不戦敗制度が一足早く幕内で適用された。1926年1月場所10日目、前頭6枚目白岩は同8枚目大蛇山と対戦し大熱戦の末取り直しとなるが、極度の疲労のため棄権して負けとなり、不戦敗の幕内適用第1号となった(大蛇山には不戦勝が記録された)。
しかし、不戦勝については当時の大日本相撲協会は外部向けに不戦勝制度は公表しておらず、しかも10日目、千秋楽の一部にしか適用していなかったため、全般的に制度を徹底していなかったのだ。なおかつ勝ち力士も土俵に上がらず、勝ち名乗りも受けないというシステムであった。1927年10月場所、横綱常ノ花は千秋楽の対戦相手、横綱宮城山が休場したため、史上初の不戦勝を含む優勝力士となった。不戦勝がない同点成績(10勝1敗)の大関能代潟をおさえて優勝(常ノ花が上位のため)したが、問題にはならなかった。
ところが、翌1928年(昭和3年)1月場所で、前頭13枚目三杉磯が健闘して10勝1敗の好成績をあげたが、同点の大関常陸岩に優勝をさらわれた。その常陸岩の10勝のなかに不戦勝(10日目、横綱3代西ノ海から)があったことから問題がこじれた。
これを機に翌3月場所初日より不戦勝制度を全力士に適用し、不戦勝は正規の勝ちであることを徹底し、勝ち名乗りも上げることに定められた。
また、勝ち名乗りを受けなければ不戦勝はつかないことになっている。土俵に上がらなかった場合は両者が不戦敗となる。1939年(昭和14年)1月場所11日目、前頭筆頭磐石と大関鏡岩との対戦で、水入り二番後取り直しの大相撲になったとき、棄権の申し出をした鏡岩に対して、磐石も不戦勝を承諾せず、両者棄権となって不戦敗が記録された。
終戦直後、進駐軍兵士やMPも観客の中に見られ、「不戦勝」と書かれた垂れ幕には、進駐軍向けに英文で「MATCH WON THROUGH FORFEIT」と書きたされた。
なお、横綱が休場して平幕力士が不戦勝を得た場合は、金星とはしないことになっている。また、下位力士の取組では、相手が交通事情などで遅刻して不戦勝を得るケースがまれにある。
対戦予定の両者が共に休場した場合、両者が不戦敗となる。このような例は十両以上では現在まで生じていないが序ノ口では平成以降2例ある。(平成5年1月矢神-小田川、平成7年3月矢風-沖ノ石)
力士が場所の途中で引退する場合に、実際に取った最後の一番の翌日の相撲は多くの場合不戦敗となるが、これを通算成績に含めない場合がある。
関取の場合、場内アナウンスで休場理由が発表されるが、幕下以下は理由にかかわらず「(力士の四股名)、病気休場のため(対戦予定だった相手力士の四股名)の不戦勝であります。」とアナウンスされる。関取の場合の場内アナウンスでは休場の場合は「(力士の四股名)、(休場理由の詳細)のため本日より休場。(千秋楽または休場期間がその日1日のみで翌日から再出場の見込みがあり、後述の割返しが行われない場合は「本日休場」)」。引退の場合は「(力士の四股名)、本日引退(しました)。」とアナウンスし、そのあと「したがって、(対戦予定だった相手力士の四股名)の不戦勝であります。」とアナウンスされる。
結びの一番の取組に不戦勝があった場合は結び前の取組と入れ替えで不戦勝の勝ち名乗りを行う。千秋楽のこれより三役の取組に不戦勝があった場合は繰り上げて不戦勝の勝ち名乗りを行い、その後に三役揃い踏みと残り3番を行う。
2012年(平成24年)3月場所現在、幕内における不戦勝の最多は元関脇出羽錦の11回。また不戦敗の最多は元大関魁皇(現・浅香山)の15回。
優勝決定戦においては、最初の出場者数あるいは途中の勝ち残りの人数が5人以上の奇数になった場合、くじ引きで○を引いた者が対戦相手なしで不戦勝となるが、この場合勝ち名乗りは行われない。また、出場予定の力士が本割後に急な怪我などで優勝決定戦に出場できなくなり不戦敗になった例はない。
幕内の取組は初日と二日目の分は初日の前々日にまとめて作られる。そのため初日の取組前に急な休場が出た場合2日連続の不戦敗を避けるために二日目の取組の割返しが行われる。また三日目以降の分は前日の午前中に作られるため、休場届けの提出が午後になるなど遅れた場合に割返しが行われることがある。十両の取組は当日の十両取組が全部終わってから翌日分が作られるため、十両取組の前半に大怪我などをして直後に翌日の休場届けが出された場合翌日の十両取組から外れ不戦敗なしの途中休場となるケースがある。
幕内で不戦勝が発生した場合、時には懸賞がついている場合もあるが、不戦勝の場合は勝ち名乗りを受けても懸賞は貰えない。付いている懸賞についてはスポンサーの意向に沿って取りやめ、あるいは別の取組への振り替えを行うことになる。例として、2015年(平成27年)5月場所中日の白鵬大砂嵐の取組には40本の懸賞が懸けられていたが、大砂嵐の休場に伴って白鵬の不戦勝となったため、17本が取りやめ、23本は他の4番に振り替えが行われた〔ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年6月号(夏場所総決算号) 65頁〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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